2011 年 7 月 のアーカイブ

今月の法話(8月)

2011 年 7 月 31 日

kato
    「東日本大震災から

       4ヶ月を経過して想うこと」


     加藤昌康(玉川組 森巖寺)


 私のお寺でも震災で家族を亡くされたお檀家様の新盆の供養をさせて頂きました。位牌に刻まれた3月11日の文字を見ると、改めて震災直後に救援物資を届けに行った気仙沼の町の様子が思いうかびました。

 千年に一度と言われる大地震、それによる10メートル超の大津波、さらにその直撃を受けた福島第一原発の崩壊による放射能の大放出で、発生から4ヶ月を経過した今も10万を越す人々が避難生活を余儀なくされており、まさに有史以来の大震災と言わざるを得ない状況にあり、次々と予期しない事態が発生しています。

 しかしながら第二次世界大戦直後の状況は、もっと悲惨なものだったのでしょう。広島・長崎には原爆が投下され、多数の死傷者と高濃度の放射能に汚染されていました。その他の多くの都市もB29の無差別爆撃で壊滅状態となりました。多くの兵士は戦死や捕虜となり、国民は食料も衣類も配給制で最低限の生活を余儀なくされて、子どもたちもやせ細っていました。米軍の統治下で、憲法は改正され、永久に戦力をもたない平和日本が再生しました。茫然自失の中で少しずつ美しき日本を取り戻す動きが胎動していたことは否めません。

 やがて朝鮮戦争という特需、続いてベトナム戦争特需で、日本は労せずして世界第二の経済大国へとのし上がる結果となりました。夢のない富は人間を堕落させることは間違いない事実です。敗戦から60年以上たった今、世界は大きく変わりつつあります。しかし今、私達は、日本の周辺で起きている多くの問題に全く無関心だったのではないでしょうか。北方四島・竹島や尖閣諸島問題に本気で取り組んでいるとは全く思えません。国際社会においても、日本の先行きは真っ暗だと言えないでしょうか。このような状態の中で起きた今回の大震災も、別個に考えるべきではないと思います。

 人間はこういう状況になったときどうするのでしょう。あるものは、茫然自失して廃人のようになり、目的が見えないままただ時を過ごす場合もあります。しかしみんながみんなそうなってしまわないのが人間だと私は思います。
「諸行無常」とは、世の中は常に同じという事はない。むしろ流転を繰り返すのが世の常です。いま一歩踏み込めば、現世はあるがままであり、なるようにしかならないのです。これは人間にとって不安そのものです。そこで「南無阿弥陀仏」と一心に唱えることによって、仏さまに縋る事が出来ます。この境地に達したとき、力強い精神力を持ち、敢然と困難に立ち向かうことができます。私は、それがお念仏の力=人間力ではないかと思っています。

 今回の大震災で日本の政治家や経済界のリ-ダ-が自分の事しか考えていないのが、よくわかりました。しかし、民間の人々が被災された方々に物心両面で支えている姿、ボランティアの方々が被災地で危険をかえりみず汗水流して、救援、復興に努力されている姿を目の当たりにすることができました。

 地元の企業者の中にも、少しずつ立ち上がるものが出てきました。地元の産品を東京に運んで被災地の活力をアピールした報道もありました。大きな災害を乗り越えて不屈の力を出し合うことが今一番求められています。大震災による最大の危機は、貧しくなった日本人の心を取り戻すまたとないチャンスなのではないでしょうか。

第21回 鎌倉大仏さま月夜の別時会

2011 年 7 月 14 日

10月12日(水)18:30~13日(木)6:30
 場所:鎌倉 高徳院境内(鎌倉駅よりタクシー10分)
     鎌倉市長谷 4-2-28 0467-22-0703

 会費:4,000円 (ご本尊前、夜食代をふくむ)
 服装:僧侶の方は黒衣・如法衣、一般の方は自由(運動靴)
 持物:礼誦法、懐中電燈、雨具、防寒具(明け方が冷えます。)
  
 *雨天でも回廊にて決行します
 *正門右脇の通路奥、客殿受付に夕食をすませて集合して下さい
 *客殿にて随時仮眠も可能です
 *途中退出は御自由ですが、途中入場はなるべく御遠慮下さい。

PART Ⅰ   18:30 開白法要、念仏
       20:00 御法話,休憩
       21:30 木魚念仏終了
PART Ⅱ 22:00 礼拝
       23:00 休憩、夜食
        0:00 十夜法要(中夜礼讃散華行道)
        1:30 休憩
        2:00 仏名会(礼拝)
        3:30 休憩
        4:00 別時勤行式(後夜礼讃散華行道)
        5:00 十二光礼拝
        6:00 結願法要、念仏

 お問合せ・申し込み:観智院 (芝組)  
〒105 東京都港区芝公園 2-2-13 FAX 03-3431-7807
   masamichi@t.email.ne.jp  10月5日までにお願いします

今月の法話(7月)

2011 年 7 月 1 日

nunomura


  「みんな つながっている」


   布村哲哉(城西組 專念寺)



がらがらがらがらーーーどどどーーー
一体 何があったのだろう これはどこなのであろう いままでの光景は何であったのであろう思い出せない 頭は空白 何が起こったのだろうかと唖然 
「二次災害がありますから 足を踏み入れないでください」との声
あんなにお墓が崩れ落ちているのに手がつけられないなんてー

去る3月11日の当寺災害現状である。
それまでは新宿都心のの高層ビルを眺める絶好の展望台であり 戦後は富士山も遥かに見えた 90年近く前の関東大震災にも耐えてきた石垣だったのである それがまさか 息ができない
大正11年にその崖下を走っている当時の市電の写真も残っている 考えもしなかったことである 地面が崩壊するなどとは夢想だにし得ないことであった どうしてーなぜー 人間が如何に無力であることか いままでの姿は何であったのであろう 現実とは何であったのか 存在していたものが無くなる 見えていたものが無くなる 何もかも何処へいってしまったのであろうか
翌日 区役所の職員が来て全面に保護のためのブルーシートをかぶせる いかにも大被害ですとの表示でもあるだろうし それを見る人にとって誰もが思いいたる今回の大地震災害である
ああ今度の地震がこんな所にも出たのか それだったら東北地方の被害はとても想像出来ないことだ
3カ月たった今でもブルーシートを見ると身がちぢむのだ まして現地の人々の思いはいかばかりであろう

この災害を眼の前にして自分は何も出来ない無力感 どうしたらいいのだろう どのようにしたら この苦しみから抜け出ることができるか この困難をどうしたら乗り越えて行けるか 何と弱い人間であろう
何か頼れるものはないだろうか 支えてくれるものはないだろうか しかし生きなければならない
ならばその時 一体何にすがったらいいのだろう 何に助けてもらったらいいのだろう なんとしてでも どうしてでもと頭を下げる 頭が下がる「助け給え」と そして手を合わせる 「ああーー」
そして やっと気づく
そうだ そこにいるのが仏様なのだ そこには縁のあった人も縁の無かった人も皆んないるはずだ 見護ってくれている 生きて欲しい欲しいと願っている
願いの真ん中に自分がいるのに違いない まわりには明るく照らしている暖かい太陽がある 広い空には月があり星があり雲がある いのちを育てる土や水がある 今の私を生かしているものがある
どんな近くにいてもどんなに遠くにいても有り難い縁を思えば人の心は限りなくつながって行く 眼には見えないが空を飛んでつながり結びついているのだ 切ることはできない縁によって育てられている
そこに仏様がいらっしゃる 皆んながいてくれる

みんな仲間 友達 一杯の水 ひとすくいの土 一匹の虫 一枚の葉 それはここに生きている一つ一つの生きものとの共生き 考えてみれば世の中には一つとして離ればなれで独立しているものはない 一人では生きていけないのだから
折角 つながっている皆んなだから どこにいても一緒に生きて行きたい 仏様と一緒にいたい
どうか力を貸してください 良い智慧を与えて下さい 生きる力を与えて下さい
自分で出来るだけのことはいたします
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 合掌

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